コラム

2024/09/02 NEW
表明保証違反の消滅時効

表明保証違反があった場合には、契約の各当事者は、これと相当因果関係にある損害につき、相手方に対して補償請求をすることができます。


この点につき、表明保証の法的性質は損害担保契約であるというのが実務の考えですから、補償条項が契約書に規定されていない場合には、表明保証違反があったことのみによっては、補償請求が認められないということになります。もっとも、当該表明保証違反が同時に民法上の債務不履行責任(契約不適合責任)の要件を満たすのであれば、民法に基づく損害賠償請求が認められる余地はあります。


それでは、表明保証違反があった場合の上記損害賠償請求権につき、消滅時効はいつ成立するのでしょうか? 寡聞にして、この点につき直接言及した裁判例を見たことがありません。おそらく、通常、最終契約書には、「実行日後●年間に限り、相手方に対し、当該損害を賠償又は補償することができる」といった内容の時的制限に関する条項を設けることがほとんどですので、この点が問題となる頻度が多くないということかもしれません。


ただし、中小M&Aが増加するにつれ、M&A仲介業者に支払う仲介手数料を節約するためかどうかは分かりませんが、売主と買主のみで契約を締結する例が実際に散見されます。そして上記期間制限の定めのない不完全な契約書を用いて取引を実行してしまう例もありえますので、そのような場合には、これら問題が顕在化しうるものと考えられます。


それでは、表明保証違反に基づく損害賠償請求権の消滅時効はいつ完成するのでしょうか?


債権等の消滅時効に関する旧民法167条1項は、「債権は、十年間行使しないときは、消滅する」と規定しているだけでしたので、クロージング後相当期間に渡り表明保証違反の事実が判明していないケースにおいて、起算点が判然としておりませんでした。そして、上記のとおり、判例はないようです。


現在では、民法が改正され、以下のような規定となっています。


第166条 債権は、次に掲げる場合には、時効によって消滅する。

一 債権者が権利を行使することができることを知った時から5年間行使しないとき。

二 権利を行使することができる時から十年間行使しないとき。


このように「権利を行使することができる時から十年間行使しないとき」に債権が時効により消滅すると規定されていますので、表明保証違反の事実が判明していなくても、同条文に基づき、表明保証をなした時点から10年で時効消滅するものと考えられます。なお、「権利を行使することができる時」がいつなのか(契約日なのかクロージング日なのか)という議論は、なお残りそうです。


ちなみに、改正民放(現行民法)が適用されるか否かは、契約日によって決まります。すなわち、2020年4月1日より前に締結された契約及びこれらの契約に付随する特約には、旧民法が適用されます。それ以降は、現行民法が適用されるということになります。


消滅時効までに契約時から最長で10年の猶予があるといっても、これを漫然と放置しておいてよいはずがありません。その間に証拠は散逸して勝訴の可能性が低くなりますし、仮に勝訴しても、相手方の資力がなくなり回収できなくなる可能性が高まるからです。


表明保証違反の事実を認識した場合には、是非お早めにシャローム綜合法律事務所までご相談ください。

2024/07/22
東洋経済オンラインに中川内弁護士のコメントが掲載されています

東洋経済新報社の運営するビジネスニュースサイト「東洋経済オンライン」に私のコメントが掲載されていますのでご紹介しておきます。


M&Aの詐欺集団が跋扈する「経営者保証」という罠 仲介会社の強引営業がトラブル生み出す側面も | 特集 | 東洋経済オンライン 


ルシアンホールディングスによるM&Aトラブルを取材した高岡健太記者による記事で、先日の朝日新聞と同様、中小M&Aにおける経営者保証トラブルにスポットを当てた内容となっております。


有料記事となりますが、ぜひご高覧ください。


M&Aトラブルでお困りの方は、M&Aトラブル相談センター(シャローム綜合法律事務所)までお問い合わせください。

2024/07/17
朝日新聞に中川内弁護士のコメントが掲載されています

この春に朝日新聞がM&Aトラブルに関しての連載を開始して以降、中小企業庁が今秋を目途にガイドラインを見直す旨の議論を開始し、また金融庁も金融機関向けの監督方針を見直す方針を打ち出すなど、極めて活発な動きが見られます。


論点は色々とあるのですが、大きな問題点の一つが、中小M&Aにおける経営者保証の解除というトピックです。この点につき、私のコメントが朝日新聞にも取り上げられていますのでご紹介しておきます。


M&A仲介で相次ぐ「経営者保証トラブル」 政府がルール見直しへ:朝日新聞デジタル

https://digital.asahi.com/articles/ASS7C2JZNS7CULFA016M.html?iref=comtop_BreakingNews_list


2024年7月12日付朝日新聞朝刊ではもう少し詳しく掲載されています。また、7月17日以降朝日新聞朝刊経済面で掲載される連載(全4回)でもコメントが載る予定ですので、併せてご高覧頂けますと幸いでございます。


さて、昨今、中小企業の経営者保証自体を見直す方向で議論が進んでいることは事実ですが、現状では金融機関より経営者保証を融資の条件とされているケースがほとんどでしょう。そのような会社の譲渡の際に、買主に信用がない場合には金融機関側において当該経営者保証を解除するメリットがないわけですから、M&A後に売主の思惑に反して経営者保証が外れないといったトラブルが発生します。


防衛策としては、


① 経営者保証の解除につき努力規定とする条項を修正し、解除が不能となった場合の措置を具体的に盛り込む。


② クロージング前に金融機関と相談をして買主への経営者保証の承継につきその可否・条件を確認する。


③ 契約解除についての条項につき再検討する。


④ M&A仲介会社との関係においても、同問題点が顕在化した場合の措置を契約内容に盛り込む。


他にも色々と措置は考えられますが、このような事前の対策を取らずしてトラブルが発生してしまった後の事後処理となりますと、なかなか困難である場合が多いかと思われます。


いずれにせよ、M&A仲介会社に急かされるがままに成約を早めるのではなく、クロージング前に弁護士へご相談されることを強くお勧めいたします。

2024/07/06
M&A仲介業者とFAの違い

M&A仲介業者とFA(ファイナンシャル・アドバイザー)との違いについてご説明しましょう。


まず、M&A仲介業者は、M&Aの売主と買主との間の仲介(マッチング)を業とする者です。中小企業のM&Aで最もよく見られるプレイヤーが、このM&A仲介業者となります。仲介「会社」と呼んでもいいのですが、個人で行っている者もいますので、ここでは仲介業者と呼んでおきます。ちなみに、後述のFA等の名称でマッチングを行い、売主と買主の双方に対してアドバイザリー契約を締結している例も見られますが、これはFAではなくM&A仲介業だと思われます。M&A仲介業者は、売主と買主の双方に対して助言を行い、また双方から手数料を取得することから(両手取引といいます。)、構造的に利益相反関係が内在しており、この点がかねてより問題視されています。


次にFAですが、M&A案件につき、その過程全般に渡り主導的役割を果たす専門家です。マッチングだけでなく、スキームの策定、バリュエーション、買収価格の提案なども行います。もっとも、M&A仲介業者の中にも、これら業務を行う者は多いといえますが、両者の決定的な違いとしては、FAは、M&A仲介業者と異なり、両手取引は行わず、アドバイザリー契約を締結した売主又は買主に対してのみ助言・支援を行うという点です。したがいまして、FAとの契約においては、上記の利益相反関係を内在していないことから、売主の利益を最大化するためには、M&A仲介業者よりもFAの方が望ましいといえますが、FAの多くは、譲渡価額数億円の小規模案件は対象としていないことから、中小企業のM&Aで利用することは難しいといえるでしょう。

以上が、M&A仲介業者とFAとの異同となります。


私もインハウス(企業内弁護士)時代に、様々なM&A仲介業者と仕事をしたものです。現在上場しているのは6社ほどでしょうか。日本M&Aセンター、M&Aキャピタルパートナーズ、ストライクなどとはよくやりましたね。M&A総研は、その頃まだ設立されていなかったかと思います。

M&A仲介業者といえば、高給取りで有名ですが、実際には歩合が収入の大部分を占める会社も多いと聞いております。それゆえ、従業員は数多くの案件をクローズしようと考え、売主・買主の利益を軽視した杜撰な業務を行ってしまう者も、中にはいるのでしょう。実際、かなり多忙を極めているようで、私がインハウス時代にM&Aで組んでいたあるM&A仲介業者(上場企業です。)の担当の方が、ある日突然連絡が取れなくなることがありました。その方はとても優秀な方で、またレスポンスも早く、深夜でもメールをしたら(翌日返してくれればいいと思って送信しているのですが)数分後には返信が来るような方だったので、どうしたのだろうと心配していたところ、数日後に「過労で入院してました。」との連絡がありました。極めて過酷な労働環境なのだろうと思われました。それほどM&Aが過熱していた業界があり、また仲介業者間でも鎬を削っていたのでしょう。ちなみに、そのような方が独立して新たにM&A仲介業を立ち上げるといった動きが、現在盛んになっているとも聞きます。


さて、そういうわけで、事業承継を目的とする中小企業のM&Aにおいては、引き続きM&A仲介業者の役割が大きいと言わざるを得ませんが、昨今の報道に見られるとおり、かねてより指摘されていたM&A仲介業者の問題点が明るみとなり、中小企業庁も対策に乗り出しているとのことです。国による推進を背景に活性化しているM&A市場に水を差すことなく、安心した取引が図れるような環境を整備することが急務と考えます。

2024/07/02
M&A契約を解除できるか

ひとたび契約の締結まで手続きが進んでしまったM&Aの契約を解除できるか、という問題につきご説明いたします。なお、中小M&Aにおいて広く用いられているのは株式譲渡契約ですので、ここでは同契約を念頭に置きます。


一般に、株式譲渡契約の締結日と、クロージング日との間には、一定の期間がおかれることが多いと考えられます。そしてその間に、(主に売主が)クロージング前の誓約事項(プレ・クロージング・コベナンツ)を履践することになります。何をするかといえば、たとえば、取締役会の承認であったり、チェンジ・オブ・コントロール条項に関する対応などです。


ところが、この間に、株式譲渡契約の締結当初には想定されなかった事情が発覚したりと、何かしらのトラブルが発生する場合もあるでしょう。このような場合、契約の当事者は、取引の実行を中断して、計画を白紙に戻すことができるでしょうか。


さて、通常の株式譲渡契約書には、この点につき、解除に関する規定が置かれていますが、ほとんどの場合は、「クロージング前に限り」解除することができるという内容となっているかと思われます。すなわち、実務上、解除可能な期間を、クロージング前に限定することが多いのです。

これは、M&Aにおいては、一旦取引が実行されると、対象会社の資本や事業等が大きく変更されることとなり、また利害関係者が多数に上ることが想定されますので、株式譲渡契約を解除して契約前の状態に巻き戻すことは極めて不経済であり、また不可能である場合も多いことから、このような規定の内容となっているのです。


とすると、クロージング後に何かしらトラブルが発生したという場合の買主から売主に対する責任追及の方法は、原則として、補償責任や損害賠償責任の追及に限定されることが多いと言わざるを得ないでしょう。なお、動機の錯誤があったとして買主が契約締結の意思表示の錯誤無効(改正後の取消)を主張できるかという点については、従来より議論がありましたが、当事者間でクロージング後の法律関係の巻き戻しは認めない旨の合意がある場合には、やはり表明保証違反等を理由とした錯誤取消が認められるかについては消極的に解することとなりそうです。


したがって、既に手続きがクロージングまで達してしまった場合には、やはり補償責任や損害賠償責任を追及するしかないということになりますが、その時点で契約の相手方において資力がなく、回収できないといった場合も想定されます。それゆえ、契約締結に際しては、クロージング前の前提条件につき詳細に取り決めをしておくことが肝要といえます。当該前提条件が満たされない場合には、契約を解除するということで勇気ある撤退を覚悟しておくということです。


M&A後のトラブルでお困りの方は、M&Aトラブル相談センター(シャローム綜合法律事務所)までお問い合わせください

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