コラム

2024/06/22
判例紹介<東京地裁平成23年4月19日判決>

次のような事案です。


XがYより、A(Yの子会社)の発行済み株式を取得するに際して、YはXに対して、①法律等との抵触の不存在、②契約、③財務諸表、④変更の不存在に係る事項が真正かつ正確であることにつき表明保証をしました。また④については、「直近の財務諸表に表示されている時点以降、A社は、その事業を通常の業務の範囲内で行っており、A社の事業、経営、資産、義務若しくは債務又はその見通しに重大な悪影響を及ぼす可能性のある債務、義務、又は負債を負担しておらず、その事業及び資産を保全するためにそれぞれ最善の努力を尽くしていること」と最終契約書に記載されていました。

しかし、クロージング後になって、A社の取引先(台湾系企業)による機械売買契約の解除がなされました。Yが作成し契約前にXに交付した試算表には、本件機械及びその売掛金として8240万円が計上されていましたが、上記解除を前提に、A社は取引先に対して前記8240万円を返還しました。
これを受けて、XはYに対して、①仕様未達という債務不履行が発生していたにもかかわらずこれを告知せず、事実と異なる説明を行ったこと、及び②取引先から受領した8240万円を売上として計上していたが、負債として計上すべきものであったとして、Aの財務諸表はYの表明に反するものであったと主張して提訴しました。

本判決は、Yの責任を否定して、Xの請求を棄却しました。
その判旨は、大要次のようなものです。
(1)本件において本件機械売買契約の帰趨をめぐってYが表明保証上の責任を負うか否か、すなわちYの本件契約上の表明及び保証が重要な点で正確であったと認められるか否かは、結局のところ、Xが本件契約を実行するか否かを的確に判断するために必要となる本件機械売買契約に係る客観的情報が正確に提供されていたか否かという観点から判断すべきことになる。
(2)Yが、Xの主張するように、本件契約上表明保証の対象となる事項について重要な点で不実の情報を開示し、あるいは情報を開示しなかった事実は認められないというべきである。Xは、財務諸表の記載についても縷々主張するけれども、その記載が一般に公正妥当と認められる会計基準に反していることを認めるに足りる証拠は見当たらず、また実質的に見ても、Xが本件契約を実行するか否かを判断するに必要な情報は提供されていたというべきであって、本件契約上の義務に違反したものであったとは認められない。

表明保証違反が否定された事案ですが、表明保証責任と同時に問題となる場合が多い説明義務に関して判示がなされている点で、今後の議論の参考になると解されます。すなわち、売主により表明保証がなされた内容と実際の事実とが異なっていたとしても、買主がM&Aの契約締結・実行に応じるにつきその判断に必要な情報が提供されていれば、その後仮に不測の事態が生じたとしても、その結果は買主の責任に属する問題であり、売主は表明保証責任を免れうるとの考えであると理解できます。しかし、それでは表明保証の趣旨が没却されるとの考えもあるでしょう。現に、同様の争点で表明保証違反を認める判例も存在するようです。今後、この点に関しては議論が活発になることが予想されます。
2024/06/14
判例紹介<知財高裁平成24年12月12日判決>

M&Aにおいて、基本合意締結後に様々な事情で取引自体が白紙撤回された場合に、白紙撤回された一方当事者が他方当事者に対して、基本合意の存在を根拠に最終合意を締結する義務の存在を主張し、最終契約が成立した場合の得べかりし利益(履行利益)を請求をすることがあります。


知財高裁平成24年12月12日判決は、この点につき、基本合意が締結されたというだけでは、最終契約締結に対する期待は事実上の期待に過ぎないことから、原則として損害賠償請求は認められない旨の立場に立ちました。


基本合意書を締結する目的は案件によって異なりますが、独占交渉権を付与することを主目的とする場合が多いと考えられます。他にも同様の請求につき否定した判例は複数存在するようです。


なお、肯定したものとして東京地裁平成18年8月30日判決がありますが、これは例外的な判例と位置付けるべきとの解説があります。


上記のとおり、基本合意締結後、最終合意成立前の白紙撤回につき、最終契約成立を前提とする請求は、多くの判例で否定されています。


ただし、契約準備段階における信義則上の義務違反(いわゆる契約締結上の過失の法理)を理由として請求が認められる余地はなお残ります。現に、最高裁第一小法廷平成2年7月5日判決は、株式譲渡契約の成立を否定したものの、契約準備段階における信義則上の義務違反を理由とする不法行為責任の成立を認めています。したがって、相手方当事者よりM&A取引の白紙撤回を受けた場合には、同法律構成によっての請求の可否を検討する必要があるでしょう。


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2024/02/28
判例紹介<東京地方裁判所平成18年1月17日判決>

消費者金融会社の企業買収(M&A)における売主の表明保証違反について、売主が買主に対して損害補償義務を負うとされた事例です。


この判決の重要なポイントは、表明保証の対象について悪意又は重過失の譲受人は、当該対象が事実と異なる場合であったとしても、補償の請求ができない余地があると判断している点です。


すなわち、株式譲渡契約等において、買主が売主の表明保証の内容が正しくないことを知りながら、取引をクローズし、クロージング後に売主に表明保証違反に基づく補償を請求することは、サンドバッギング(sandbagging)と呼ばれていますが、上記判例は、この点につき、株式譲渡契約締結時において、売主が表明保証を行った事項に関して違反していることを買主が知らないことについて重大な過失があると認められる場合には、公平の見地に照らし、悪意の場合と同視し、売主は表明保証責任を免れると解する余地がある旨判断しており、買主がこれらにつき悪意である場合には、当然として表明保証責任を追及することはできないとの立場であるように読めます。ちなみに、「悪意」とは、法律用語で、「知っている」という意味です。


ただしこの点、同判例は、「企業買収におけるデューデリジェンスは、買主の権利であって義務ではなく、主としてその買収交渉における価格決定のために、限られた期間で売主の提供する資料に基づき、資産の実在性とその評価、負債の網羅性(簿外債務の発見)という限られた範囲で行われるものである」と一般論を述べた上で、売主が買主に対して表明保証違反に当たる事実を故意に秘匿したという当該事案固有の事情を理由として、買主の重過失を否定して、売主の表明保証違反を認めたものです。


したがいまして、表明保証違反責任を追及する際の買主の主観的要件としてこの判例を根拠とする説明がよく見られますが、上記判示はあくまでも傍論に過ぎず、またそのように解すべき法律上の根拠も明示されていないことから、先例的価値については慎重に検討する必要があるとの解説も見られます。


なお、株式譲渡契約書にサンドバッギング条項(売主の表明保証違反事実について買主が認識を有していたこと又は知り得たことは、買主による売主に対する補償請求等に影響を与えない旨の規定)が明記される事例が増加していますが、これまでに当該条項の有効性について判断された裁判例はありませんので、かかる条項を明示的に設けたからといって同問題を確実にクリアできるとは限らず、依然として解釈問題である点には留意が必要です。


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