コラム
被告の子会社であるA社と株式交換し、完全子会社化した原告が、被告において、株式交換に先立って表明保証に違反したとして、損害賠償を請求した事案です。
本件では株式譲渡ではなく株式交換が用いられていますが、実質的にはA社の親会社であった被告が、原告に対してA社を売却する取引であったということで当事者間に争いがない事案でした。
さて、表明保証違反の内容ですが、上記株式交換後に、A社の従業員の自殺に起因する訴訟の和解に係る補償金を原告が支払ったという事実があり(従業員の自殺自体は、株式交換前の出来事です。)これが株式交換契約の中の「当社(注:被告)の知る限り、Aにおいて、重大な労働災害(中略)その他の労働紛争は存在せず、その発生の虞もない」「当社の知る限り、Aを当事者とする係属中の訴訟又は行政手続であって、Aに重大な悪影響を及ぼすこととなるようなものは存在せず、且つ、かかる訴訟又は手続が提起されるおそれはない。」との条項に違反するという内容が原告の主張でした。
裁判所は、本件自殺は、A社の過重労働が原因と疑われ、本件株式交換当時、遺族が労災申請や証拠保全手続をし、訴訟提起の恐れもあり、A社の経営に深く関与していた被告が知らなかったとは言えなず、本件自殺の事実の不告知は、表明保証違反に該当するとして、原告が支払った和解金の額と弁護士費用の一部につき相当因果関係があると認め、原告の請求の相当額を認容しました。
上記のとおり、表明保証に「知る限り」の限定があった事案でしたが、裁判所はこの点を丁寧に事実認定し(実際には、A社が更にB社に吸収合併され、そのB社もファンドに売却されたという事実があり、また、各社の取締役が共通していることから被告とA社の関係は「資本支配にとどまらず、経営にも関与していた」「経営に深く関与していたことから、本件自殺の事実関係を知らなかったとはいえない」と認定しています。)、その上で、被告の責任を肯定しています。
またこの判例には、もう一点、特筆すべき部分があります。すなわち、被告の表明保証中、開示資料等に関し「重要事項について誤解を生ぜしめたり、欠けているところがない」との条項があったのですが、この点につき、被告は「表明保証の対象となる重要事項等は、被告が原告に対し、ある事実が真実かつ正確であることを、主体的に能動的に表明し、その表明した事実に限られ、表明されなかった事実に含まれず、かつ、当事者が意図しない事実まで含むものではない」と主張しました(実際、原告は財務DDしか行っていなかったようです。)。
この点につき、裁判所は、「表明保証の機能には、リスク分配機能があり、表明保証をした契約当事者は、表明保証をした事実については責任を負う一方、それ以外の事実については責任を負わないとすることにより、契約当事者の責任を明確にする機能があること(中略)を十分に考慮しても、被告の主張のとおり、表明保証の対象ないし範囲が、原告がデュー・デリジェンスにおいて開示を要求した範囲に限定されるとの解釈をすることは相当でな」いと述べ、表明保証のリスク分配機能を肯定しています。今後の実務にも参考となると考えます。
表明保証違反等のM&Aトラブルでお困りの方は、M&Aトラブル相談センター(シャローム綜合法律事務所)までお気軽にお問い合わせください。
本件は、買主(原告)・売主ら(被告ら)間で、対象会社の全株式につき株式譲渡契約が締結されたところ、クロージング後に税務当局より、過年度の法人税の申告漏れがあるとの指摘を受け、その後修正申告を余儀なくされ、約2億3500万円の法人税等を追加納付するに至ったとして、原告が被告らに対し、表明保証違反を理由として、当該納付法人税額等に相当する補償金の支払を請求した事件です。金額がなかなかに大きいですね。
なぜこのような税務当局による上記指摘に至ったのかについては、複雑な事実経緯があり(信託財産にかかる一連の計画が、外資系信託銀行の日本撤退により中途で合意解約されたといった流れがあるようです。)、また同指摘に本当に課税根拠があるのかについても議論があるようですが、ここでは触れません。いずれにせよ国税局からは、「信託解約時に何らかの形で課税するという方向で検討しており、留意していただきたい。」との注意喚起が事前にあり、その内容は議事録として書面化され、かつ、DD時に原告が依頼した弁護士に交付されていたとのことです。
例によって本件の株式譲渡契約においても、各表明保証条項及び売主の免責事由を定めた各条項があり、争点としては、これら各条項に該当する事実が認定されるかという点となりました。裁判所は、事実認定に際して、これら条項の一つ一つにつき該当する事実があるか丁寧に検討を行った結果、表明保証条項中、一部につき売主らの違反を認めましたが、次いで、免責事由(後述)も認めたことから、結論として、原告の請求を退ける形となりました。
さて、本件における免責事由について少しご説明しましょう。本件株式譲渡契約では、①売主がクロージング日前に、買主に対し、明示的に表明及び保証の違反を構成する事実を開示した上で、本件株式を譲渡した場合、売主は、買主に対し、表明保証義務を負わない(免責条項①)、②買主が売主に事前相談なく処理した結果、買主に損害が発生した場合、売主は、買主に対し、その賠償責任を負わない(免責条項②)という2点の免責条項がおかれていました。
裁判所は、まず免責条項①につき、被告らが上記DD担当弁護士に対し、本件信託契約の締結から合意解約に至る事実経過を直接説明するとともに、それを裏付ける各種資料のほか、前記議事録を交付した事実を適示し、これら開示は、対象会社の資産価値に影響を及ぼす事情の存在を直ちに理解するに十分な程度の開示だったとして、同免責事由を認めました。そして次に、免責条項②については、原告が、被告らに対し、十分な説明・協議を行うことなく修正申告を行い法人税等の納付に至った事実を認定し、これが同条項所定の免責事由に該当するとしました。
興味深いのは、専門家がDDの過程で、売主の説明を受け資料を確認すればリスクの可能性を認識しえたことに鑑み、これを上記免責事由①該当ありと判断している点です。このような免責条項が規定されていない契約内容であったならば結論を異にすることとなった可能性もあり、あくまでも事例判決の一つとして考える必要がありますが、なぜDDを行った結果、かかるリスクの発生を覚悟の上で買主が契約実行に至ったのかも不明です。DDを行った弁護士は、法務監査報告書等と題してDDの結果をまとめた書面を依頼者に交付しますが、その中で当該リスクにつきどのような報告内容の記載となっていたのかも気になります。
いずれにせよ、裁判所は、表明保証違反に基づく補償請求訴訟においては、私的自治の原則にかえり、株式譲渡契約書の記載内容に則して丁寧に事実認定を行う傾向があるのではないかと考えます。とすると、売主側の防衛策・自衛策としては、ディスクロージャー・スケジュールを用いることも有用ですが、本件のように免責条項を詳細に規定しておくことも積極的に検討すべきかと思われます。
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次のような事案です。
X(買主)がY(売主)より、飲食店の経営等を行う会社Aの全株式を買い受けた事例で、株式譲渡に係る基本契約中、Aの財務内容、資産状況等に関する重大な不利益、資産状況、情報等の提供された事実が真実かつ正確であることにつき表明保証がなされるとともに、かかる表明保証違反に起因して生じる損害を補償する旨の規定がありました。
XによるAの買収後、従前Yが行った説明には、店舗の閉鎖損や契約内容等につき虚偽の内容があり、YがAの資産を実際よりも高く見せかけた結果、見込んでいた水準の売上が得られず、また敷金が返還されないなどとしてXが提訴し、補償請求をなしました。
本判決は、真実保証違反の対象となる情報につき、企業買収にあたっては、当該企業が保有する資産や債務等に関する情報を正確に把握することが必要であるが、そのような情報は、それまで経営に当たってきた譲渡人側が十分把握し、譲受人は十分に把握することができないのであるから、譲渡人側から譲受人側に対して、十分かつ正確な情報が開示される必要性、重要性があるものの、当該企業についてのすべての事項(情報)を完璧に誤りなく開示することは極めて困難かつ不必要で、真実保証の対象となる情報も自ずと限定されるとした上で、具体的には、企業買収に応じるか否か、買収価格をどのように定めるかなどといった事柄に関する決定に影響を及ぼす情報について、重大な相違、誤りがないことを保証したものであると説示し、Xの請求を一部認容しました。
少し古い判例とはなりますが、株式譲渡契約によるM&Aにおいて、売主に表明保証違反があったとして、同契約の補償条項に基づく損害補償が認められた事例です。情報公開の際の真実保証違反が問題となる情報の内容・範囲について正面から判示したものとして紹介しておきます。
次のような事案です。
M&Aにおいて、基本合意締結後に様々な事情で取引自体が白紙撤回された場合に、白紙撤回された一方当事者が他方当事者に対して、基本合意の存在を根拠に最終合意を締結する義務の存在を主張し、最終契約が成立した場合の得べかりし利益(履行利益)を請求をすることがあります。
知財高裁平成24年12月12日判決は、この点につき、基本合意が締結されたというだけでは、最終契約締結に対する期待は事実上の期待に過ぎないことから、原則として損害賠償請求は認められない旨の立場に立ちました。
基本合意書を締結する目的は案件によって異なりますが、独占交渉権を付与することを主目的とする場合が多いと考えられます。他にも同様の請求につき否定した判例は複数存在するようです。
なお、肯定したものとして東京地裁平成18年8月30日判決がありますが、これは例外的な判例と位置付けるべきとの解説があります。
上記のとおり、基本合意締結後、最終合意成立前の白紙撤回につき、最終契約成立を前提とする請求は、多くの判例で否定されています。
ただし、契約準備段階における信義則上の義務違反(いわゆる契約締結上の過失の法理)を理由として請求が認められる余地はなお残ります。現に、最高裁第一小法廷平成2年7月5日判決は、株式譲渡契約の成立を否定したものの、契約準備段階における信義則上の義務違反を理由とする不法行為責任の成立を認めています。したがって、相手方当事者よりM&A取引の白紙撤回を受けた場合には、同法律構成によっての請求の可否を検討する必要があるでしょう。
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