コラム

2024/10/28
判例紹介<東京地裁平成24年1月27日判決>

原告が、被告との間で、被告が代表取締役を務めていた株式会社(A社)の発行済み株式の全部を被告から譲り受ける旨の株式譲渡契約を締結したが、被告が同契約における利益・事業の予測、在庫・設備の状況に関する表明保証に違反していたため損害を被ったと主張して、被告に対し、同契約上の損害賠償及び補償条項に基づき、上記損害及び弁護士費用の賠償を求めた事案です。


各争点と裁判所の判断につき解説しましょう。


①争点1 (被告は、A社が取引先であるH社から赤字を免れ得ない価格で受注したことを原告に開示しなかったとの事由で、業務の状況に関する表明保証に違反したか)


裁判所は、受注価格、本件株式譲渡契約締結以前のH社との取引、A社の買収先を探すために仲介会社が作成した資料(本件提案書)の作成経緯及び記載内容の根拠、本件株式譲渡契約締結当時のA社の生産能力、本件株式譲渡契約締結後のH社との取引等を詳細に検討した結果、「A社はH社に対し、本件株式譲渡契約締結前に、従前と比べて低く、場合によっては赤字になる可能性のある受注価格を提示していたということができる」とした上で、「本件株式譲渡契約当時のA社とH社との契約内容の詳細を認めるに足りる証拠はなく、本件全証拠によっても、別紙取引目録記載の取引において利益が出ている取引と赤字になっている取引が混在している原因を明らかにすることができない。」「そうすると、(中略)本件単価表に記載された受注価格を前提にしても、大量受注に対応する仕入・生産体制の見直しも含めた原材料価格及び製造コストの管理次第によっては利益を得ることができた可能性は否定できない。そうすると、A社がH社に提示した受注価格をもって、赤字を免れ得ない価格であり、将来の継続的な利益計上が不可能となることが明らかな事由にあたると認めるに足りない。」として、表明保証違反を否定しました。


②争点2 (被告は、A社の在庫品の一部が不良在庫品であることを原告に開示しなかったとの事由で、在庫の状況に関する表明保証に違反したか)


裁判所は、在庫品の一部につき、「上記在庫品は、特殊な加工が施されたものであったために、再加工して販売することも、そのままの状態で販売することも困難で、商品価値のない不良在庫品であると認められる。」「被告は、原告に対してこの事実を開示していなかったから、本件株式譲渡契約中、A社に悪影響を及ぼす資産がなく、同社の事業活動に必要な資産は全て良好に整備され、かつ良好な稼働状況にあるとの表明保証に違反したと認められる。」と判示しました。


③争点3 (被告は、A社所有の工場に消防法等に違反する不備があることを原告に開示しなかったとの事由で、設備の状況に関する表明保証に違反したか)


裁判所は、株式譲渡契約締結後にA社が消防署の立ち入り検査を受け、その結果、消防法違反等の事実を指摘され、各種対応を余儀なくされたことにつき、「これらの違反は工場設置当時からあったことが推認され、これらの事実が本件株式譲渡契約締結後に生じたものであることを伺わせる証拠はないから、本件株式譲渡契約締結当時、A社所有の工場に、消防法、火災予防条例及び建築基準法に違反する不備があったと認めることができる。」とし、「上記事実は、本件株式譲渡契約中、A社の事業活動に必要な資産は全て良好に整備されているとの表明保証に違反したと認められる」と認定しました。


④争点4 (原告が、本件譲渡代金の減額合意によって、被告との間で、被告の表明保証責任も含めて、本件株式譲渡契約における譲渡代金の問題をすべて解決する旨を合意したか)


どういうことかと言いますと、本件株式譲渡契約では、譲渡代金は3回分割の支払内容となっていたのですが、その最終の支払の際に、原告と被告が、協議の結果、本件譲渡代金から4000万円分を減額することに合意したという経緯がありました。

この点につき裁判所は、減額の際に原告が被告に対して提出した書面には、土地の評価額の低下、実体のない数字が帳簿に記載されていること、退職年金の積み立て不足額等の指摘が記載されているのみで、本件訴訟において表明保証違反が問題となっている事項についての記載がないことから、「原告と被告が、上記減額合意によって、被告の表明保証責任も含めて、本件株式譲渡契約における譲渡代金の問題をすべて解決したとまでは認められない」と判示しました。


⑤争点5 (損害額)


以上を踏まえて、裁判所は、原告が、上記不良在庫の存在を考慮していない譲渡代金を支払ったとして不良在庫の相当額1241万5734円を、また上記消防法違反等に関し、違反を是正するための工事費等合計261万8330円を損害として認め、弁護士費用150万円を併せた1653万4064円の支払義務を認めました。


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2024/10/03
判例紹介<東京地裁令和元年5月27日判決>

弁護士である被告との間で、事業譲渡契約書等につき被告が法的助言をする内容の委任契約を締結した原告が、被告が適切な助言を怠ったことにより、事業譲渡先に表明保証条項違反を問われて損害を被ったとして債務不履行の損害賠償請求をした事案です。M&Aトラブルに関連して弁護士が訴えられた(!)という怖い事案です。


M&Aのスキームとしては、事業譲渡契約でした。というのも、当初原告は、他の買受希望者との間で株式譲渡を行う予定だったのですが、同社が行ったDDの結果、原告所有の土地に土壌汚染があることが判明したことから契約が不調に終わったという経緯がありました。その後、原告は、他の買受希望者との間で交渉を行い、当該土壌汚染に係る物件を除いた形でM&Aを行うこととなりました。


さて、クロージング後になり、建築基準法に基づく建築確認申請が行われていないこと、各建物内の昇降機が建築基準法上の手続きに則らずに設置されており、労働安全衛生法にも準拠していないことが表明保証条項に違反するとして、事業譲渡先により本件事業譲渡契約は解除されました。かつ、和解金として原告は1400万円を支払いました。


このような流れを経て、原告は、弁護士である被告との間で事業譲渡契約書等につき被告が法的助言をする旨の委任契約を締結したにもかかわらず、被告が適切な助言を怠ったことにより、事業譲渡先に対して、表明保証条項違反を問われる事態となり、これにより損害を被ったとして、被告に対し、債務不履行による損害賠償請求権に基づき、原告が事業譲渡先に支払った上記和解金1400万円及び期待権侵害による無形損害300万円の合計1700万円の支払を求め提訴しました。


裁判所は、被告の債務不履行の有無に関して、原告と補助参加人(M&A仲介業者のことと推測されます。)間のアドバイス契約では、補助参加人に原告の資本戦略等に必要な調査・交渉に関する助言を委任し、現被告間の委任契約では、事業譲渡に係る契約書の検討及び交渉作業、法的助言等を委任していたことが認められ、被告は、本件事業譲渡契約書における表明保証条項の作成に関しては、補助参加人が収集した資料を確認・検討し、同条項違反の問題を生じ得る事実に関し契約書の修正の助言等をするという限度で義務を負っていたと認められ、同義務の不履行があったとは認められないとし、請求を棄却しました。


M&Aに関して弁護士は通常、DD対応や各種法的助言、契約書作成等の場面で参画しますが、その委任の範囲につき予め明確にしておくことが肝要です。もっとも、本事例のような場合に弁護士の債務不履行を認めるとなると、結果責任を負わせることと同義となりますので、至極妥当な判決であるとは考えますが、珍しい事案なのでご紹介しておきます。


表明保証違反等のM&Aトラブルでお困りの方は、M&Aトラブル相談センター(シャローム綜合法律事務所)までお気軽にお問い合わせください。

2024/09/30
判例紹介<東京地裁令和2年10月26日判決>

M&A(株式譲渡契約)における売主(原告)が、買主(被告)に対して譲渡金額の残額を請求したところ(売買残代金請求)、買主が売主の表明保証違反を主張し、その補償請求権と前記売買残代金請求権とを対等額で相殺するとの抗弁を主張した事案です。


結論としては、裁判所は、当該抗弁の成立を認めました。


さて、被告が主張する表明保証違反の内容ですが、譲渡日以前に原告より開示されていた事業計画とは別に、当該事業計画を下方修正する内容の他の事業計画が策定されていたにも関わらず、原告はこれをクロージング後まで開示しなかったというものです。

また、補償額の算定に関しては、あらかじめ提出されていた事業計画に基づき、DCF法による株式価値評価を信頼して売買代金を決定したのであるから、被告が被った損害は、契約締結時点において当該下方修正後の事業計画が開示されていた場合にDCF法によって算定される評価額と実際の売買代金の差額であるとの主張がなされました。


裁判所は、まず、原告が被告に対して、譲渡日までに本件事業計画を開示したと認めることはできないと認定し、その上で、「原告と被告は、提出済事業計画の数値が、本件対象会社の価値の算定において重要な要素になることを互いに理解していたものと認められる。」「本件譲渡契約締結前に生じた事由であったとしても、原告が、契約締結時までに、被告に対し、そのような事由及び事象を開示しておらず、その内容が将来の収益計画に悪影響を及ぼしうる場合には、原告は、被告に対し、これを開示すべき義務を負うものと解すべきである。」「以上によれば(中略)これを譲渡日までに開示しなかったことは、本件譲渡契約10条4項の趣旨や、本件譲渡契約別紙1Ⅱ20項に定められた表明保証に反し、被告の原告に対する補償請求は認められるものと解すべきである。」と判示し、原告の表明保証違反を認めました。


また、補償請求額については、「本件譲渡契約において、DCF法による企業価値の算定を基礎として譲渡価格が決められたものであるところ、被告は、提出済事業計画に記載された数値が現実的かつ十分に達成可能であることを前提条件として、本件譲渡株式の評価額を算定したものであり、事業計画に悪影響を与える項目が発見された場合などには評価価額を修正する要因となりうる旨の意向を表明していたのであるから、譲渡日までに、提出済事業計画と数値が大きく異なる本件事業計画が開示されていたとすれば、本件事業計画に基づいて評価額を算定し、これを基礎として譲渡価格についても修正をしたと考えるのが合理的である。」と述べ、その上で、「被告が、原告に対し、補償請求できる損害は、DCF法によって、提出済事業計画を用いた場合に算出される企業価値と本件事業計画を用いた場合に算出される企業価値との差額を基本として算定することが相当である。」と判示しました。


取引の実行前に開示された資料を前提として企業価値を算定し、株式譲渡を行った後になって、当初知らされていなかった事情が明るみとなり、企業価値の算定に誤りが生じたというご相談は度々頂戴します。そのような場合に参考となる事例かと思われます。


ちなみに本件では、当初の事業計画を基礎にした株式価値と、後日提出された修正版の事業計画を基礎にした株式価値との差額が、「少なくとも6億2600万円」と認定されており、看過することのできない金額に達していた事案でした。


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2024/09/27
判例紹介<東京地裁令和5年4月17日判決>

M&Aの買主が、M&A仲介業者に対して損害賠償責任を追及し、これが認められたという最近の判例です。


事案は次のとおりです。


買収対象会社B社は、自動車メーカーD社から直接D車を仕入れることのできるディーラーC社との間で基本取引契約を締結することで、D車の販売や修理を行うことができるサブディーラーです。Dサブディーラーとなるには、厳しい要件の充足が必要とされるようです。

原告は、B社が上記サブディーラーであることに魅力を感じ、同社の全株式を譲り受けました(1100万円)。しかしクロージング後になり、本件M&Aを契機として、C社から販売店契約の解消の通知がなされるに至りました。


C社との間の基本契約には、いわゆるCOC条項類似の規定(厳密には、代表者の異動等があった場合に事前通知を求められているのみで、承諾を得ることまでは要求されていないようですが。)が存在しており、また上記のとおり、本件M&Aに関しては、B社がD社のサブディーラーとして相当期間継続可能であることが契約の重要な要素であることから、C社の承諾の有無が重要となります。すなわち、原告としては、C社との間の取引が継続できないとなるとそもそもの取引の目的を達成できないということになります。

なお、その後、原告は、錯誤を主張し、売主との間で株式譲渡契約を解消したようです。


以上の経緯を経て、原告は、M&A仲介会社に対して、①主位的請求として不法行為に基づく損害賠償請求を、②予備的請求として、(ア)債務不履行(イ)不当利得に基づく各請求を行いました。


論点はいくつかありますが、本筋に関しては、被告M&A仲介会社が、本件株式譲渡契約締結前にC社から同契約締結に対する承諾を得る必要があったかどうか、本件承諾に関する誤情報の提供があったかどうか、この点に関する被告の重過失などが問題となりました。


裁判所は、「被告は、本件株式譲渡契約締結までの過程において、原告が本件株式を譲り受けるにあたって、B社がDショップであることを評価しており、このような原告の意向に沿う形での本件株式の譲渡を実現するためには、あらかじめC社から本件承諾を得ておく必要があったことは十分に認識し得たというべきである。(中略)原告に対し、本件承諾を得られたか否かに関し、正確かつ適切な情報提供をする義務を負っていたと認めるのが相当である。」「被告は、原告に対し、C社から本件承諾を得られた旨の誤情報を伝えることにつき、その可能性を容易に予見することができ、かつ誤情報を伝える結果を容易に回避することができたにもかかわらず、前記のとおり、C社から本件承諾を得られた旨の誤情報を伝えている。したがって、被告は、本件承諾を得られたか否かに関し、正確かつ適切な情報提供をするという原告に対する注意義務に著しく違反したというべきであり、被告には、重過失があったと認めるのが相当である。」と判示し、被告の責任を認めました。


M&A仲介業者の責任が認められた珍しいケースかと思われます。ちなみに、判決文からすると、このM&A仲介業者は、「東京証券取引所市場第一部に上場する大手のM&A仲介業者」とのことです。


事例判決ではありますが、M&A仲介業者に対する訴訟も今後増加することが予想されますので、参考となります。


表明保証違反等のM&Aトラブルでお困りの方は、M&Aトラブル相談センター(シャローム綜合法律事務所)までお気軽にお問い合わせください。

2024/09/26
判例紹介<東京地裁令和元年12月24日判決>

調剤薬局1店舗の事業譲渡に関するM&Aトラブルです。


買主は、売主より本件店舗を約600万円で買い受けました(別途在庫薬として300万円の譲渡契約もありました。)が、クロージング後、店舗内より複数のメモが発見されたことから問題が発覚しました。


すなわち、当該メモは本件店舗の引継事項が記載されたもので、その内容は、近隣の医院(同医院からの処方箋が本件店舗の総処方箋数の8割を超える関係にあります。)との間で従来より行われてきた慣行を記したものでした。

裁判所の審理によると、①同医院からの処方箋のファクシミリによる受領等、②同医院への恒常的な配達、③同医院への医薬品の備蓄提供、④同医院への備品類の提供、⑤同医院の指示による同医院長やその家族の処方箋の作成依頼、⑥約束処方、及び⑦先付処方などの事実が認定されました。


これらは、薬担規則(保険薬局及び保険薬剤師療養担当規則)に抵触する行為であり(同規則では、平たく言いますと、医院と薬局の癒着が禁じられています。)、裁判所は、過去の行政処分例等の内容を踏まえ、保険薬局の指定取消しや保険薬剤師の登録取消し等の重大な行政処分につながり得るものであったと判断しました。


そして、上記行為は、事業譲渡契約中の表明保証条項(「売主は、訴訟・係争の当事者となっておらず、その他の法律上及び事実上を問わず、本件店舗の営業に重大な影響を及ぼすような第三者からのクレームを受けておらず、またその畏れがないこと」)に違反すると認定し、原告(買主)の請求を認容しました。


ちなみに、原告は他にも、調剤システムを新規導入した費用や従業員の採用に係る費用なども損害として主張していましたが、これらはいずれも損害の範囲に含めることは相当ではないとして排斥されています。


さて、薬局のM&Aも実に多いですが、そもそも本件事業譲渡は、数十店舗を経営する売主が、平成28年度の調剤報酬改定により、いわゆる大型門前薬局の評価適正のため、薬局グループ全体の処方箋受付回数が月4万回超のグループに属する保険薬局のうち、特定の医療機関からの処方箋集中率が極めて高い保険薬局の調剤保険料が引き下げられたことから売却を検討したという経緯があります。売主からは、「売上の大部分が上記医院からの処方箋で成り立っていることの説明もしたので買主には重大な過失がある」とのアンチサンドバッギング的主張がなされていますが、裁判所は、いかなる立場に立つかは明言せずに(「仮に、原告に重大な過失があったことをもって被告が本件表明保証条項違反の責任を免れる余地があったとしても」と慎重に言葉を選んでいます。)、薬担規則を遵守することは当然であるから、売主の従前の取り扱いにつき買主が知らなかったことにつき重過失はないと判示しています。


そしてもう1点、この取引において、事業譲渡契約書内に補償条項が存在しておりませんでした。当然売主は、表明保証の法的性質は損害担保契約であるとの立論より、金銭的救済措置は認められないとの主張を行いましたが、裁判所は、「本件表明保証条項に定められた各事由の重大性等に鑑みると、これに違反があった場合でも、譲渡日を経過すると解除や損害賠償がおよそ認められないと解するのは契約当事者の合理的意思解釈として採用し難い(中略)被告がこれに違反した場合には、原告は、本件表明保証条項に基づき、原告に生じた損害の賠償を受けることができると解するのが相当である」と判示しています。結局のところ、どのような法律構成で損害賠償請求権が認容されたのかが、この判示からはよく分かりませんが、補償条項がなくとも表明保証違反に基づく損害賠償請求が認められた一事例です。実際に、ご相談を受けていると、補償条項が抜け落ちている契約書を時折目にします。そのような場合でも、直ちに諦める必要はないということかもしれません。


表明保証違反等のM&Aトラブルでお困りの方は、M&Aトラブル相談センター(シャローム綜合法律事務所)までお気軽にお問い合わせください。

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